2019/01

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α7SにMC-11(マウントアダプター)経由で、EF28-80mm f3.5-5.6 usmというレンズをつなげて撮影した。

EF28-80mm f3.5-5.6 usm(無印)というレンズは1991年に発売されたEOS100QDというフィルムカメラのキットレンズだ。18年近く前の製品ということになる。ヤフオクで2500円で譲ってもらった。状態は綺麗。

 

 

 

EF28-80mm f3.5-5.6 usm(無印)

キヤノン謹製USMつき、これから5回もマイナーバージョンアップされる、28-80キットレンズの初号機である。初発だけあって設計には気合いが入っている。インナーズーム(っぽく鏡筒を長くして目立たなくしている)、フルタイムMFが可能なモデルで、ちょっとレンズは太めだが、使いやすい。

とはいえスペック自体は普通の、暗い、安価なフルサイズ用標準キットズームである。

失礼ながら、描写は期待できそうにないだろう、と思って使いはじめた。

 

とにかく性能が出そうなF8まで絞って撮ろう、とだけ考えてシャッターを切った。使えなかった使えなかったで、2500円だからいいや、と思った。

 

 

出てきた絵は素晴らしいものだった。α7Sのフルサイズ1200万画素センサーが、キットズームの光を優しく受け止めてくれていた。

 

α7Sは世界で最も優しいカメラだ。レンズに優しい――画素数が少ないぶん、過剰な解像度を要求しない――そして、画素ピッチが広いためテレセントリック性に対してもシビアでない。階調性とダイナミックレンジに優れ、多少暗いレンズでもISO感度でその描写力を支えてくれる。

 

もちろんユーザーにも優しい。写真1枚あたりのファイルサイズはα7Rシリーズの4分の1だ。

山ほど撮っても、SDカードがデータでいっぱいになることは、そう簡単にはない。

 

 

 

広いダイナミックレンジは風景を丸ごと受け止める。

 

 

描写は繊細で優しい(2500円のレンズだけど)

 

 

F8に固定していたらISO4000になっていた。高感度だけど、どこも破綻していない。

400グラムちょいのα7Sボディに、あわせて300グラムちょいのフィルム時代のキットズームとアダプターをつけるだけで、後はセンサーがうまいこと絵にしてくれる。

 

 

他のカメラの話をしよう。フルサイズミラーレスとか、E-M1Xとか、噂の8kカメラとか…。

今後発売を予定されているカメラは、利益率の高いプレミア路線のものがほとんどだ。当然カタログスペックを稼ぐため、画素数を増やしていく一方になるだろう。画素数が多ければ、そのマウントのレンズは嫌でも高画素対応しなければならなくなり、高価で、重くなるだろう。そしてボディも高画素に対応するべく、手ぶれ補正ユニットが必須となる。手ブレ補正ユニットが乗ればピクセルシフトもなし崩し的に導入されていくだろう。

 

多機能になれば消費電力が増え、バッテリーを大きくする必要性も出てくる。また大きなレンズとバランスの取れるボディも必要だ。こうしてあらゆる機材が大型化し、手荷物の総重量は増えていく。画素数が増えれば写真1枚のファイルサイズはどんどん重くなる。現像も大変だ。カメラはより便利になっていくはずが、ユーザーの使い勝手はどんどん悪くなっていく。

 

 

もちろん、画質を追及するという夢、方向性、ロマン、そういったものを否定するべきではない。だが、新しいカメラを使う上での体験(エクスペリエンス)は、日ごと重労働化していくばかりに思える。

 

一方、α7Sはユーザーになんの負荷もかけず、技術の進歩だけで、新しい体験を提供した。α7Sが改良したのはセンサーだけだ。ボディは何も重くなっていない。重いレンズも要求しない。

ユーザーはそこに軽いレンズをのっけて、シャッターを切れば良いだけだ。ISO感度を意識する必要もない。なんとも楽に、素敵な写真を撮ることができるようになった。

カメラの進歩というのは本来、こうあるべきだったのではないか?